陣馬山頂和田峠 峠の茶屋

 読みもの
甲州裏街道(陣馬山和田街道)を行く(1) (2)
和田峠へのロマン街道として再生したい
ここに事業として再生を宣言します

和田峠は甲州街道の裏街道として江戸への甲州の献上品の街道であったり、
文明開化では上野原の市から横浜港へのシルクロード街道として繁栄しました。
 遠く振り返れば日本武尊の東征のおり、軍が三国峠から和田峠へと古代の足跡を残してくれました。
戦国時代では最強の武田軍団の本拠地として、ここから武蔵や相模の国々を領地として支配していました。

 江戸時代では多くの文人が江戸からこの峠を通り過ぎていました。佐野川の倉子峠では俳人各務支孝の
句碑にあるように、庶民の俳句の隆盛を見せ地域の文化を育てていました。
 やがて明治になり、中央線の開通や甲州街道の整備でこの峠の利用もうすれてしまいました。
 昭和の時代に入り、この和田峠も細々として相模から武蔵の道として残されてきましたが、
昭和53年には神奈川県が和田林道として東京都の林道と合わせ道を整備致しました。
峠には神奈川県知事の津田文吾の開通碑もあります。 
平成の時代に入り、特に平成21年の高尾山のミシュラン評価で古里の生成への大きな手がかりとなりました。 
この和田峠に改めて光りを当てて、再生したいとここに宣言したいと思います。
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甲州裏街道
八王子宿、追分で甲州街道より分かれ、北西恩方道より和田に至る峠の頂上が相武の境である。
此峠を下り、和田集落を抜けると倉子峠、この峠が佐野川村東西で西は岩村と言った。
処をくだると下岩で、この集落は宿場状になっている。下岩西の小川が甲斐との境である。
この間の距離は2里半(10
km)ある。

物語

和田峠に七不思議と言う伝説がある。いつの頃かはわからないが、この道の通行が名付けた。
大乗妙典石経塔、 鍋こわしの滝、弘法の筆跡、鳥帽子岩、弘法の水、義経の足跡、1字1石塔の7つである。
今は新しく林道が出来、埋没した。

相模風土記稿
村里群津久井県之四 毛利圧佐野川には1条の経路高低盤廻して往来をなせり、甲斐国より武蔵国への間道あり。
永禄12年(1568年)より天正10年(1582年)まで14年間武田の所領であった。

3頭の石碑
 ・大乗妙典石経塔(和田峠山頂)自然石  高さ142cm・巾52cm・厚さ24cm
 ・1字1石塔 自然石  高さ142cm・巾52cm・厚さ24cm
 ・馬頭観音  角標    高さ62cm・巾30cm・厚さ25cm

ルート図・八王子追分〜恩方〜醍醐峠〜和田峠〜佐野川和田〜倉子峠〜下岩〜上野原八米龍泉寺・皎月院〜円通寺
     (大通寺)〜竜峯寺(下岩)〜上野原八米龍泉寺〜臨済宗と系統の寺院

歴史
陣馬山和田峠に現・津田文吾知事の碑がある。昭和35年前後の和田峠林道切り下げにより碑が移動した。
ここに案下側の関所の分所があり、大乗妙典石経塔の下に社経(小石・大乗般若教の270文字)が埋められている。
林道工事で一部が出たようだ。かつてここには6頭建ての野馬で武蔵野まで農耕産業

江戸期はくだもの(山梨ブドウ、長野リンゴ)の輸送 和田峠に関所の分所があり、
以前に馬士軍団により浄財をとっていた。

巡礼の訪問
 鳥帽子岩の上に坊主くびれ跡あり。これは坊主の悲惨な跡地である(江戸中期)
 ここから臨済宗の恩方から上野原までの間、托鉢巡礼地となった。


峠の茶屋パンフレット
  施設貸し切り利用料金
営利目的(1時間)   10,000円
撮影目的(10時間)  150,000円
撮影目的(5時間)  100,000円
 駐車場料金(年末年始を除く)/1台
マイクロバス   1,500円
普通乗用車     800円
オートバイ     500円
自転車      200円
現地電話番号 
042−687−2882 
営業時間9時〜17時 
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